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岡山の「荒野」を…

― 西日本豪雨災害への支援をお願いします-

 

「真備東中学校の校庭はがれき置き場になっていました」

 

昨日(16日)・一昨日(17日),Rita Projectの有志で倉敷市真備町へ行ってきました。
真備町は,今回の豪雨災害で町全体の4分の1とも3分の1ともいわれる地域が浸水の被害を受けました。あまりの被害の大きさにまだ全容がつかめていないという状況です。
実は,Rita Projectのメンバーの中に真備出身の方がいて,その方のご親戚の家にボランティアに行くことになったのです。
事前に色々聞いてはいましたが,浸水した地域に一歩はいると,町は一面灰色で,突然の変化に言葉を失いました。
道路のそこかしこに置かれている災害ゴミ(本当はゴミではなくそれぞれに思い出があるものなのに),舞い上がる粉塵,あちこち通行止めになっている道路,緑の木々の葉っぱは色を失い,人々はみんな長袖・長靴でいきき,軽トラックの荷台には泥をかぶった家財道具が山積みにされ,新築まもない家の庭には,消毒のためか真っ白な石灰がまかれていて…
ここはどこで,時代は一体いつなのかと,目の前にあるものがすべて現実感を失っていました。
大量の水をかぶったタンスの引き出しは膨張していて開きません。水をかぶった畳は運び出すのに大人4人がかりです。美しかったであろう日本間の土壁は,水をかぶって溶け床に泥土となって積もり,壁の中の竹組みだけが残っています。水位は1階の天井あたりまで来たらしく,高いところにある絵は泥でみえません。たくさんの物品の中には,卒業証書や晴れ着,家族のアルバムなど,思い出がこもっているものがたくさんあり,何も考えないようにしなければ,とても片付けられないなと思いました。
35度を超える炎天下の作業は過酷で,マメに休憩と水分と塩分を摂っていなければ,熱中症になってしまいます。現に私たちも一歩手前までいき,呼吸が苦しくなったり,頭痛がしたりしました。ここで,熱中症になったりしたら,地元の方に迷惑がかかるばかりだと必死に回復を図りました。

2004年8月末,私リタも岡山県南を襲った台風で高潮の被害に遭いました。近所中の人と畳や荷物を運び出しながら,失ったものを思うとたまらない気持ちでした。
「理不尽」
何も悪いことしていないのに,なぜ,こんな目に遭うのか,一番感じたのがその言葉でした。自然は,神は,なぜこんな目に遭わすのかと。許せない!
心の中に「荒野」が広がる気がしました。

一緒にボランティアに行ったメンバーには,2011年の東日本大震災の年に盛岡に中学校演劇の全国大会に行った人もいます。盛岡に行く途次,ある方の紹介でゆかりのあった石巻に義捐金などを持って行きました。震災から半年近くたってはいましたが,街は跡形もなく,果てない「荒野」が広がっていました。

あの「荒野」を忘れてはならないと思うのです。

私自身も,被災直後は慰めてくださる人の言葉も,素直に受け止められないこともありました。でも,どんなに理不尽でも受け止めなければと考えられ始めたのは,被災後ずいぶんたって知り合った方のお父様が,その台風で亡くなられたということを聞いてからでした。淡々とそのことを語る知人の,その横顔の強さに,うたれました。

真備の現実を見ながら,被災者,そうでない人ともに,この「郷土」に、この「荒野」が出現したことを忘れず,そこから復興ののろしをあげていくことに力を出し合わねばならないと思っています。

ボランティアの数はまだまだ全然足りません。
どうか,みなさん,できる範囲で良いので,この「荒野」を,また緑の土地に変えていけられるよう,力をお貸しください。

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