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さよならは,いわず。ものがたりは…

 

新宿花園神社 絵馬2017.4.16

 

「忘れられた荒野」の幕が下りて,ほぼひとつき。
膨大な残務整理にメドがやっとついて,2018年「忘れられた荒野」の本当の最後のブログです。嫌がらせみたいに長い文章ですから,覚悟の上読んでくださいね。

3公演1600名以上のお客様をお迎えし,「儚(はかな)くていとおしい舞台」と多くの方からお褒めの言葉を頂き,「岡山」発の舞台として確実に爪痕を残し,好評のうちに幕をおろすことができました。
見に来て頂いたお客様,縁の下の力持ちとして支えてくださったたくさんの皆さま,本当にありがとうございました。

 

 

千秋楽,カーテンコール(私も代表として,恐れ多くも月影千草の扮装で最後の回ではご挨拶させて頂きました。)の役者達の輝くばかりの笑顔と,陰で舞台を支えてくれたスタッフ達のかすかな疲れと多くの幸福感に支えられて後かたづけをしている様子を見ながら,この一年,次々に襲ったさまざまな困難が,極めて想定外なできごとがフラッシュバックしました。
中途で投げ出さずどうクリアしてきたのか,そのタフさを支えたものは,なんだったんだろうと考えたとき,それはきっとこの瞬間を見たかったからとしか言いようがありません。

このひと月,お会いした観客の方から「ジェーンは人として生きることが本当に幸せだったのか?」と議論になったということを多く聞かされました。また,「ジェーンとスチュワートの間にあったものは,恋と言えるものなのか,それとももっと深い違う種類の愛情なのか?」「人は愛によってのみ人たり得るとつくづく思ったが,ジェーンとスチュワートのような場合,愛は本当に可能なのだろうか?もし,生きていたらあのまま生活はできたのだろうか?」など,色々お聞きしました。
たくさんの舞台を手がけてきましたが,この作品ほど,終わった後にお客様からさまざまな議論を聞いた舞台はありません。作品の持っている問題提起力を改めて感じ,それはひとえに原作の強さからのものだと思い知りました。つまり,美内すずえ先生の才能です。

 

 

けれど,もう今は皆さんのお話を,議論を,黙って聞いていようと思います。ものがたりが観客の皆さんの胸の中で成長していくのを楽しむために。

 

 

さて,いよいよ「忘れられた荒野」のピリオドを打つときがやってきました。
美内先生が「ものがたりはいつかは終わります」と「ガラスの仮面」についておっしゃっているように。

私は,この舞台のピリオドを,ある場所で打つことを決めていました。
スタートラインに戻ること。今回のスタートになった懐かしい場所で。

 

 

昨年5月の朝,緑眩しい岡山大学農学部にあるカフェで私は教え子の一人と会っていました。「狼に育てられた少女の話をミュージカルにするの。やってみる気はない?とても難しいチャレンジだけれど。しかも,上演権を手に入れられるかどうか,それも至難の業なんだけれど。」と。
私が学生時代にはなかった,大学の建物とは思えぬモダンでお洒落なカフェで。生まれたての朝の空気と生まれたての柴犬を抱いて。

 

 

「ただし,あなたを私が誘ったからといって,狼少女になれるかどうかはわかんないよ。選ぶのは私だけじゃないから。」
「わかりました。ぜひやらせてください。ただ,先生,私には演劇と同じように,この大学生活を大切にしたいと思う気持ちがあるってことも忘れないでくださいね。」
その,ある意味不遜な言い方が,率直さが,とても気に入りました。
何もかも私の指示通りに動いていた中学1年生だった彼女が,大学生になり,そういえる強さを身につけたこと,その成長にこそ,きっとオオカミとして暴れてくれるという直感に繋がったのです。

その直感通り,彼女は狼少女の2人のうちの一人に選ばれました。審査員の満場一致で。2年先輩の芝居巧者の野性味溢れるもう一人の狼少女と競い合いリスペクトし合って一年間真摯に役に向かい,「役を生きて」くれました。

 

 

 

極めて難しかった「忘れられた荒野」の奇跡的な上演権獲得に恥じない演技で。
この一年は,彼女の人生を変えた尊い一年であったと思います。でも,きっとそれは,すべての役者と,すべてのスタッフと,そして何よりこの年齢になった(正確には言いたくない(^^ゞ)私リタを成長させた一年でもありました。

それが証拠に,うちの柴犬ドン松五郎は,一年間でこんなに大きくなりましたよ!(笑)

 

 

二人(と一匹)で,スタートと同じカフェにすわり,この怒濤の一年を懐かしみ,このものがたりのピリオドを打ちました。
一抹の淋しさを感じさせる彼女の表情には,ひとが大きなことを成し遂げた時にしか見られない,輝くような美しさがありました。
教え子だった子が,しなやかに私を超えていく瞬間。
それは限りなく妬ましいけれど,限りなく誇りに思える瞬間です。
新しい仲間とともにこんなステキな舞台を創ってくれたみんな。ふたりのジェーンと演出をはじめ,全員を褒めてあげたいけれど,それはもっと先のこと。課題はまだまだある。

彼女と別れて,学生時代から大好きだった,誰をも幸福にさせる新緑の銀杏並木を歩きながら,私は,ふっと気付きました。

25年前,この道で,初演時のスチュワートと出会ったことを。すべてがここから始まっていたことを。それになぜ今頃になって気付いたんだろう。

その夜,私は1994年と2018年のふたりのスチュワートの首もとを飾り,三人のジェーンを人間として目覚めさせ,あらゆる人たちを動かした,24年間色褪せることのなかった青いスカーフを,再び引き出しの奥にしまいました。
三度目の舞台は,もうないと思いながら。
さあ,「忘れられた荒野」,本当のピリオドです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも,私たちのものがたりは,まだ,始まったばかりです。

 

 

 

 

 

 

 

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